津軽の農民立ち上がる

                            安藤晴美

 私は、青森県議会議員になり丸3年がたち弘前市議会議員の時から数えると通算15年になります。これまでも相談者からの訴えによって多くの事を学び、議員としての力をつけさせて頂いてきましたが、県議になってから寄せられたある相談は、私自身が共に問題に向き合い、解決の方法を探るのは当然の事ながら、問題に直面する当事者達自らが、力強く立ち上がり、真実に向かって前へ前へとひるむことなく進んでいく強さを知りました。これこそが民主主義、自治の力なんだなと実感しています。
 2008年の夏のある晩、相談に来られた農家の方3人とお会いしました。初めてお目にかかる方達でした。相談の中心は、3人の中のお一人が勤めている弘前北部土地改良区から解雇を言い渡されたというもので、全く納得いかないので、今後どう対応すればいいかというものでした。その解雇とどうやらかかわっているらしいいくつかの問題も訴えられました。
 解雇問題は、その後示された解雇の理由が「機密を漏洩した」というもので、全く不当との判断から、地区労連を紹介し、裁判闘争となり「高杉正子さんを励ます会」が結成され、決着に向けて壮大な闘いが続けられています。何らひるむことなく立ち向かう彼女の強さ、不条理な事は許せないという毅然とした姿勢に感服しています。
 一緒に見えた相談者のお二人は北部土地改良区の監事、総代という立場におられる方達だという事が後で分かりましたので、本来はその立場立場でしっかり問題や疑問をぶつけ解決されなければならないものだと思うのですが、これまでも相当の努力を重ねてきた上で、なおかつ納得できる回答や改善が得られず、そこに理事長交替、事務局長退職という局面を迎えているという事態だったのでした。そうした中で、高杉正子さんの解雇事件が起きたのでした。
 2008年当時、中南地域県民局地域農林水産部副参事管理課長からの聞き取りによれば、北部土地改良区のほ場事業は、昭和48年から昭和63年まで行われた区画整理事業で、その事業規模は全体で4450万円。その内約半分は返還金(地元負担分は借金して支払っているため組合員らから集める付加金で返済)で、残りは職員の経費や維持管理費となっています。北部土地改良区の組合員は612人で平均負担額は7万2千円という事でした。
 北部土地改良区の一般組合員らは、自分たちの農地の区画整理事業を行うためだからと、決められた付加金をこつこつ支払って来ているのですが、自分たちのお金がどの様に扱われ、いつまで払い続ける必要があるものか、全く知らされていないという信じがたいことも後でわかってきました。
 私は、その当時県議会の農林水産委員会に所属していましたので、相談者達の疑問点をまとめ、委員会の質問に「土地改良区の業務の件」として取り上げることにしました。その内容は、次のようなものでした。人事について、県はどのように把握しているのか。改良区の会計について、県はどのように検査を行っているのか。土地改良区が、ほ場整備事業などにより機能交換された水路、または残地を個人と使用貸借契約を結んでいる実態を把握しているか、総代会議事録の書き替えの件、土地使用契約について、旅費のあり方などです。
 この質問に対する答えと共に、さらなる調査を委員会質疑の中で約束することができました。2008年9月10日、県の団体経営改善課は、さらなる調査の内容について、私と次のように確認しました。一、人事について、一、高杉揚水機場施設管理業務委託について、一、土地使用契約について、一、旅費などについてでした。調査の対象者は、弘前北部土地改良区の現理事長と前理事長、同土地改良区の前事務局長、事務職員、解職手続きが行われた事務職員、土地使用契約を締結した個人、同土地改良区の前工事委員長とし、調査及び検査を実施してもらう事になりました。その調査・検査は、本人との面談や資料提出などによって行われ、結果は後日詳細に口頭にて報告を受けることになりました。文書にまとめたものを提出するよう要求しましたが、文書が一人歩きするとまずい、マスコミに流れると困るなどの理由からかないませんでした。私は聞き取りしたものを文書にまとめ、2008年11月6日に、「北部土地改良区調査報告会」を、地元の高杉地区で行いました。この報告会には、弘前北部土地改良区の関係者を初め、組合員の皆さんが大勢集まって下さいました。初めて、自分たちの組合に不可解な事があると知った方達は、驚きを隠せませんでした。
 さらなる真相を追究しようという組合員さん達の輪は広がり、総代会への傍聴や、理事長に話を聞きにいったり、通帳の閲覧を求めたり、自分たちの足で、疑問点の解明に動き始めました。
 そして、これまで3年に一回検査をしてきた県に、再検査を求める事になりました。2009年6月12日土地改良法第133条に則り、組合員134名の署名を添えての検査請求をしたのです。涙ぐましい努力の成果でした。土地改良法に基づく検査請求は青森県で初めての事でした。検査を請求する理由にあげた項目は、一、いわゆる「残地」預かり金の使途不明金について、一、4冊しか残っていない残地の通帳について、一、県は3年に一度の検査で改良区を指導是正できたはずである、一、改良区の役員、事務局は組合員に対して秘密主義が徹底している、一、「ため池整備事業補助」についての疑問、一、職員の退職金の算定についてでした。
 2009年9月14日、県はこの検査結果を、北部土地改良区と請求者に口頭で回答しました。県は、「不正は確認されなかったが、預かり金管理のあり方など改善すべき事項はあった」としてそれらを盛り込んだ検査書を作成し、土地改良区に郵送しました。再検査の請求者達には、検査の結果の報告が口頭のみであったので文書を見るために、土地改良区に郵送された検査書を閲覧することになりました。一字一句何時間もかけ書き写し、そして立派な報告書を作り、署名してくれた組合員さん達に配りました。
 そして、検査をした県の団体経営改善課に対し、検査書についての質問書を提出し回答を頂きました。
 それらを元に、2010年3月14日検査請求者達による「北部土地改良区の検査結果報告会」が開催されました。報告後の話し合いでは、3月24日の弘前北部土地改良区総代会には、ぜひみんなで傍聴しよう、組合員の権利として、自分の付加金の状況を閲覧しよう、北部土地改良区の運営をガラス張りにさせ、民主的な運営を求めていこう、等の声が出されると共に、「砂利を敷いてほしいとお願いに行ったら逆に脅かされた。」等、これまでくすぶっていた気持ちも率直に出されました。組合員の皆さんが、自分たちの問題は自分たちで解決していこうと、立ち上がり始めたという感じがしました。一部の人たちに牛耳られる改良区では農家の未来は開けてきません。これまで長い間自民党の牙城となってきた団体とも言われていますが、その体制も徐々に崩れ始めて来ています。
 これからも、農家の方達の運動は続いていくと思いますが、その闘いを見つめ支援していきたいと思っています。
 「土地は改良区は、誰が主人公なのですか。」と思わず、県の職員に聞いた農家の方がおりました。主人公は、まさしく組合費を納めている組合員一人一人なのです。その自覚を生み出してきた今度の闘いは、民主主義を発展させていく上で、大変貴重な闘いだと思っています。
(「弘前民主文学」137、2010年4月15日)