3月7日に核燃だまっちゃおられん津軽の会で「3・11弘前集会」を行いました。
74名もの方々が参加されました。


講師として福島の今についてお話下さった丹治杉江さんは、たくましくしなやかに原発事故後避難先で「原発事故損害賠償群馬訴訟原告代表」として頑張ってこられ、そして今加えて事故の40年前から原発反対運動の先頭に立ってこられた楢葉町の宝鏡寺住職が寺に「広島長崎ビキニ福島伝言館」を建てたにもかかわらず翌年癌で亡くなられ、意思を継いで今そこの事務局長として伝言館を守るためにいわき市から通っているといいます。
語られた福島の今は、私たちの被ばく限度の20倍の20ミリシーベルト下で暮らす福島の子どもたちの間で甲状腺癌にかかる子が拡がっていること、50倍の50ミリシーベルト下の原発作業員が、救急車で病院に運ばれると、一般市民とは別病棟に運ばれ作業員の健康状態は闇に包まれているなど驚くことばかりでした。






講演の後は、団体からの報告などがありました。


私は副代表として最後の挨拶をしました。